デバイス向け Flash Player 中止についてマイクの説明とその考察

アドビのエバンジェリストとして Flash には十年来関わってきたマイクチェンバースが、今回の Flash Player を巡る決定の背景を説明する記事を書いています。

Clarifications on Flash Player for Mobile Browsers, the Flash Platform, and the Future of Flash

今日は、記事の翻訳ではなく、この記事の内容を元に、何故デバイス向け Flash Player 中止という決定がされたのか、勝手に考察してみます。

発表内容の再確認

マイクによると、先日なされた発表は、以下のような内容だったということです。

  1. Flash プラットフォームの中でも以下の領域に注力する
    • モバイル環境向けの AIR ベースのアプリケーション
    • デスクトップブラウザ内の Flash Player 上のリッチコンテンツ(特にゲームとビデオ)
  2. HTML5 関連のツール、ソリューション、ブラウザへの投資を増やす(お金も人も)
  3. モバイルブラウザ向けの Flash Player の積極的な開発を行わない

 

これを読んでまずちょっと引っかかったのは、3 番目の項目が断定的な言い方ではない点です。最初の発表とはほんの少しだけニュアンスが異なります。

もう一つ気になった点は、デスクトップ版 AIR が注力する対象に含まれないことです。同じ "注力外" 同士でも (あくまで比較上のお話として) 無くなって影響の低そうなデスクトップ版 AIR の開発は継続され、影響の高そうなデバイス版 Flash Player の開発は中断されました。

こっちは、それなりの理由がなければ説明がつきません。いったいどんな理由が考えられるでしょうか?

デバイス向けの Flash Player 開発が中止された理由

この件についてマイクが挙げた理由は以下のようなものです。ここでは要点のみまとめています。

1.モバイル環境に置ける Flash Player 普及率

Flash Player は iOS でサポートされません。またサポートされる気配もありません。そのため、デバイスをターゲットにすると結局 HTML コンテンツは必要です。

アドビのゴールは、モバイル環境に置いてもデスクトップ環境と同等の普及率を実現することでした。しかし現状は、アドビの努力だけでは改善されそうにありません。

2.モバイルブラウザの HTML5 サポート状況

デバイス環境における HTML5 のサポートは非常に進んでいて、デスクトップ環境における Flash Player の普及率に近いレベルにあります。そのため、デバイスには HTML5 コンテンツ、という前提で制作した方が一貫性が高いという状況になっています。

まだ、パフォーマンス、品質は未だ十分ではありませんし、互換性の問題もあります。しかし、この点に対する改善スピードは目覚ましいものです。

3.ユーザのコンテンツ利用方法の違い

デスクトップ環境と比較すると、デバイス上では、ユーザがブラウザよりもアプリを利用してコンテンツを楽しむ傾向があります。すなわち、デスクトップ環境と比較すると、Flash Player を必要とする機会が少なくなっています。

これは、コンテンツやアプリの発見を入手をサポートする手段 (ストア連携) が OS に組み込まれていることが大きな理由だと考えられます。また、ネットワーク接続が一定でないことがブラウザ内の体験に影響している、という理由もあるかもしれません。

4.モバイルブラウザ向けプラグイン開発のコスト

モバイルブラウザ向けの開発には、様々な企業との協力が必要になります。これはデスクトップでは不要でした。関連する企業の種類は大きく 3 つあります。

  1. モバイル OS ベンダー
  2. ARM 系チップセットメーカー
  3. デバイス (スマホ/タブレット) メーカー

新しい組み合わせが登場するたびに、個別の検証が必要になります。デバイスの急速な増加は、検証の負荷を実現困難なほど増大させました。

5.一部の社内リソースの Flash から HTML5 への移行

HTML5 開発者の増加と将来の成長の見通しから、アドビは Flash と HTML5 関連それぞれに、開発リソースを均等に割り振ることを決めました。デバイス向けの Flash Player 開発を中止することで、その分の開発リソースを HTML5 に投資することが可能になります。

と、マイクは言っている訳ですが

以上は真っ当な理由だと思うものの、どうもいまいち腑に落ちません。ということで、以下、個人的な見解です。

マイクが挙げた理由は、開発の優先度を下げる理由としては妥当なものです。しかし、優先度を下げることと、開発を取り止めることは同じではありません。現に、同じく優先度が低いとされたデスクトップ版 AIR の開発は継続されます。

理由の 4 番と 5 番は、もしかすると、開発中止の理由になるのかもしれません。アドビは企業として利益を上げなければなりませんし、今回の開発中止がビジネス上の判断であったことは明らかだからです。

しかし、モバイル版の AIR は開発が継続されます。そして AIR には Flash Player エンジンが含まれています。モバイル AIR の動作確認がされるなら、モバイル Flash Player の OS & チップセット & デバイス動作テストに、別途大きなコストがかかるということはちょっと想像し難いのです。

すなわち、

  • モバイル AIR (= ブラウザの外で動作する Flash Player) は開発継続だが、モバイルブラウザ用の Flash Player は開発中止
  • 優先度は低くてもデスクトップ版 AIR の開発は継続

という状況を説明するには、"モバイルブラウザとの連携がとんでもなく困難" になる理由が無ければなりません。

もしそうでなければ、アドビはただの馬鹿です。デバイス版 Flash Player 開発中止のインパクトの大きさくらいは分かっていたはずです。

...もしかするとアドビはただの馬鹿なのかもしれませんが。

それはそれとして

マイクの挙げた 5 つの理由を深読みしてみます。ブラウザとの連携が "とんでもなく困難" になる理由は、おそらく 3 つありそうです。

1.Flash Player の設計の問題

Flash Player はデスクトップのブラウザを前提に作られたものです。それも基本となる構造は 15 年程前に作られたままです。この旧時代のアーキテクチャを使いつつ、まだ仕様も品質も安定しないモバイルブラウザと、リソースの限られた環境で期待通りに連携させるために必要なコストは、容認できないほど高いのかもしれません。

2.ベンダーのサポート

Machinarium という Flash ベースのゲームがあります。AIR を使って iPad2 に移植され、各国の iTune ストアでゲーム部門の 1 位になりました。

確か、5 ドルくらいだったので、1 ライセンス売れるごとに Apple には 1.5 ドルくらい (合ってます?) の収入になったことになります。もし、Apple が Flash Player を許可していれば、Machinarium は iOS にポーティングされず Apple とは全く関係のないビジネスになっていたかもしれません。

これは、どの OS ベンダーにも共通の事情です。できるだけアプリストアでの購入を増やしたいという立場からは、あまり出来の良いプラグインの存在は邪魔になります。

各 OS ベンダーが、アプリビジネス協力者としてのアドビだけをサポートしたがったとしても何の不思議もないでしょう。そして、この意向は、奇しくもアドビの選択 (モバイル AIR は開発継続、モバイル Flash Player は開発中止) と一致します。

3.成長へのプレッシャー

成長市場であるデバイスの分野で Flash Player の広範な普及が期待できないことは、アドビにとって大きなプレッシャーになったはずです。デスクトップ版よりも価値の下がるデバイス版 Flash Player に大きな投資を続けることが、投資家の力が強いアメリカ企業であるアドビにとって "とんでもなく困難" な選択であったことは想像に難くありません。

デバイス向け Flash Player の復活は?

上の理由は、あくまで個人の勝手な想像に基づくものですが、これが当たっていると仮定して、モバイル Flash Plalyer の開発が再開される可能性を考えてみると、

最初の問題点は解決可能です。アーキテクチャの見直しのレベルからの作業になるので、下位互換性の確保のための動作確認まで含めれば、数年がかりの作業かもしれません。

しかし、マイクの記事に、"Flash Player の基本的な構造の見直しに着手予定" と書かれていることから、最新技術を前提に再設計された Flash Player の登場は期待して良さそうです。その頃には HTML5 との競合がより厳しくなっていることでしょうが。

一方、2 つ目の点を取り巻く状況改善は期待薄でしょう。アドビの努力で変えられる件でもありません。 3 つ目の点は、モバイルブラウザとの仕様が安定してくることで、小さな投資へと改善される可能性があります。しかし、この可能性は、2 つ目の点が成立する限り小さそうです。

ということから、デバイス向けの Flash Player の復活にはあまり楽観的にはなれません、という残念な結論になりました。

だったら、アドビには代わりに Flash Player 入りのモバイルブラウザとか作って欲しいかも。

 

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コメント(6)

説明私も読ませて頂きました。
『なるほどそうだったんですね!』といいたいところですが、全然全くふにおちてません。
正直開発中止については全く納得できない。
例え可能性が低くてもこれからもAdobeに開発継続希望を出すと思います
多くの人が指摘してますが開発を続けるAirはFlash技術をつかっているのに、モバイル版だけ中止というのが意味がわかりません。
スマートフォンはFlashを使う機会は少ないとか書いてありますが、全くそんな事はない。
私はむしろPCよりも機会が多い位です。言い訳としても苦しすぎるといった印象です。
多くのユーザーの反感をかい、企業としての信頼性を丸ごと潰してまでこんな事をやったのか本当に謎です。
経営戦略としても破綻しています。
どう贔屓めにみても変ですよ今回のAdobe。
少なくともAdobeのHTML5製品私は絶対買いません。

開発継続絶対に必要です。


なにが凄いってこの矛盾点だらけのアナウンスでユーザーがHTML5製品を買うと思ってるAdobeの神経が凄い。
まぁこんな形でAdobeが『HTML5進めるよ!買ってね!』といわれても
『誰が買うかボケ。ユーザー舐めるのもたいがいにしとけや阿呆!』と関西弁で返すしかない。
まぁどう言い訳してもAdobeが致命的なまでに信頼性を失ったのはくつがしようがないでしょう。
これからの対応に期待するしかないですね。

Adobe AIR on Android に関して教えて下さい。あまりクレーム的な情報はネット上にほとんど存在しないのですが、AIR で Sound はきちんと動いているのでしょうか?
PC上では動くのですが、Android に持っていくと駄目な状態です。
動かないとなると、それなりに Adobe からのアナウンスもありそうなものですし、ネットでも少しは騒がれそうなものですが、そのような状況にはありません。
最終的にはストリーミング(SHOUTcast)再生を考えているのですが、この状況下で折れてしまいそうな状況にあります。
近い情報としては、https://bugbase.adobe.com/index.cfm?event=bug&id=2869263 みたいな情報がある程度です。
何か情報があったら、ご連絡戴けるか記事にして戴けると大変助かります。よろしくお願い致します。

jesusisinus さん、こんにちは。

Android 用に適切な権限が設定されていて (Internet 等)、それでも PC 上と動作が異なる場合は、バグの可能性が高いと思います。
ただ、確かにあまりその手の報告は無いようです。

関連情報は、英語になってしまいますが、Adobe Forums に見つかるかもしれません。
http://forums.adobe.com/community/air/development/mobile

いつも拝見させていただいています。
この記事の考察、大変興味深く読ませていただきました。

僕個人的には、Flashは今後も継続的に存在価値を発揮しうる領域へとフォーカスしていく、そのサインがこの記事なのだろうと感じていました。また、その過渡期ゆえに一部に曖昧な表現が使われてしまっている気もしています。

FlashPlayer=Webブラウザ内でFlashコンテンツを再生するためのプラグイン、という視点から、FlashPlayer=Webブラウザを含む広義のマルチプラットフォームでFlashコンテンツを再生するためのランタイム(VM)、と少しだけ見方を変えれば、結構納得できてしまいます。

モバイルブラウザ向けのFlashPlayerが必要かいなか、という部分については、Flashコンテンツ制作者、HTML5コンテンツ制作者、そしてコンテンツ消費者各々で感じ方はかなり異なるように感じます。

もちろん、あって不自由になるものではないのであった方が良い訳なのですが、HTML5の未来を考えれば、FlashPlayerをブラウザプラグインとして考えるよりもVMとして考えた方が理に叶っているように思うのです。

デスクトップ版 AIRについては、単にPC向けブラウザプラグインとしてのFlashPlayerの普及率に起因するだけで、今後の長期的な推移や展開によっては、どこかの時点でモバイル同様に双方のプライオリティが変わる可能性はあるようにも感じます。

総じて僕は、広義のマルチプラットフォームで再生(実行)可能な動的コンテンツとしてのFlashは、今後も十分な存在価値のある魅力的な選択枠と感じています。

ゆえに、キャプティヴランタイムはすばらしいアプローチに思いますし、今思えば、iOSがFlashPlayerを排除したことが今回の早期転換を促してくれたのかな・・くらいに感じるところもあります(※これは完全なる僕個人の感じ方です)。

意外にも心配より可能性の方があったりするんじゃないかな、と僕は楽観していますし、これからも継続してFlashにコミットするつもりです(もちろん、HTML5にも取り組みますが)。

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